ショートストーリー
Blue tender moon
「おとーさーん!」 少年の呼びかけに、返事は無かった。 「おとーーさーーんっ!!」 一度目よりも大きな声で呼びかけたが、川の流れと迫り来る夕闇によって、その声は無残にもかき消された。 その日の昼下がり、少年は父に誘われて近くの川まで釣りに来...
Transition
ラジオ好きの友人に連れられて、青山の住宅街をさまよっていた。 「and up」には、古い映画のワンシーンに出てきそうな年代物のラジオが鎮座していた。1960年代中心に、デンマーク、ドイツなどの欧州ラジオ、スピーカが所狭しと並べられている。店...
Seeker
積雪 乗り換え G7 有孔ボード 整形外科 おしるこ 最近検索エンジンを使って調べたキーワード。 インターネットへの常時接続が当たり前になった頃から、検索エンジンに頼る度合いが日に日に増してきた。コンピュータや携帯電話にキーワードさえ打ち込...
Shadow
僕の家には時々黒猫がやってくる。 今朝も気が付くとすぐそばにいた。カギしっぽを両足に揃えて、すっとたたずんで金色の目でこちらを見ている。雨宿りに来たのか、おなかが減ってやってきたのか。ともかく、忘れた頃に彼は時々やってくる。彼といっても、オ...
Truth
目の前の出来事は、本当の真実だろうか? 通勤途中に新しい美容室が出来た。「TRUTH」-美容室の名前としては、ずいぶんとストレートで、哲学的な印象を受けた。なぜTRUTHという店名を選んだのか、お店の前を通るたびに考えてしまう。その美容室に...
Heaven/Birth
「今年は雪が少なくて...」 男性は残念そうに答えた。 突発的に星が見たくなって、清里にある宿舎に電話をかけていた。スタッドレスを持たない僕にとって、雪がない事はむしろ都合がいい。読みかけの本とシュラフを鞄に詰め込んで、西に向かった。事前に...
Grace
静かな朝の始まりだった。 初春を思わせた昨日とうって変わって、今日は朝から霧雨が降っている。雨の日は嫌いではないし、他の人に比べたら、むしろ好きな方なのかもしれない。 会社につくと、知人の母の訃報が届いていた。 快晴ばかりの世界ならば、雲の...
Engrave
天使の目を盗んで瓶詰めされたウイスキーは、少しだけ、躰と心にしみた。 初めてアルコールを口にしたのはいつのことだろうか。子供の頃、お正月の席で大人に混じって飲んだのが初めてだったような気がする。味覚というものは、成長とともに変化するもので、...
Gift
R246に出るとフロントガラス越しに満月が見えた。 旨いコーヒーを飲みたくなって、昔コーヒー豆を買っていたお店に向かった。数ヶ月ぶりに訪れるその街は、相変わらず活気に満ちていた。ごちゃごちゃと乱雑に軒を連ねる色々なお店達。しばらく雑踏の中を...