Heaven/Birth

モノガタリ

「今年は雪が少なくて...」 男性は残念そうに答えた。

 

突発的に星が見たくなって、清里にある宿舎に電話をかけていた。スタッドレスを持たない僕にとって、雪がない事はむしろ都合がいい。読みかけの本とシュラフを鞄に詰め込んで、西に向かった。事前に調べた限りでは、晴天ではないものの、夜半はそれなりに星が見えるらしい。まあ、ダメならダメでまた行こう。目的地まではおよそ150Km。日暮れ前には着けそうだ。

 

高速道路に乗って市街地を抜けると、すぐに遠くの山並みが姿を現す。稜線が次第に鮮明になり、黒っぽく見えた2月の山肌にも木々の緑があることが分かる。あいにくの曇り空。ときおり顔をのぞかせる太陽も、うっすらとした雲にすぐに隠れてしまう。
清里に行くのは今年は始めてだった。日帰りで走るにはちょうど良い距離で、去年は5回くらい訪れただろうか。

 

途中のサービスエリアで遅めの昼食を取った後、再び走り始める。いくつもの橋を渡り、トンネルを抜け、目的地に到着した。ちょうど日が暮れる頃で、名物のアイスクリームを出す売店はもうすぐ店を閉める時間だった。駐車場に車を止めて、少しぶらつく。標高は1300mと少し。気温は2度位。結構寒い。空を見上げても、まだ星は見えない。夜半に晴れることを祈りながら、シュラフに潜り込んだ。「太陽待ち」ならぬ、「星待ち」とでもいったところか。

 

目が覚めると、窓越しに月の光が柔らかく差し込んでいた。体の動きを止めると、周りの音が全く存在しないことに気づく。完璧な静寂。耳の周りで張りつめた空気の音だけが聞こえる。もしかすると空気の流れる音なんかではなく、静寂に耐えきれない意識が作り出した「音」のようなものだったのかもしれない。
外に出て目を凝らすと、南に春の星座が見えていた。月明かりに照らされた雪山が凛とした姿でそれに応えている。相変わらず音のない世界。
あの街は今夜も眠らず、都会の喧騒は繰り返されているのだろう。ここでは、全てが深い眠りについているかのようだった。

小さな達成感に包まれながら、再びシュラフに潜り込んだ。

 

朝-鳥のさえずりと、遠くで走る電車の音が聞こえた。外はキリッとした寒さ。深呼吸すると、肺に冷たい空気が刺さる。遠くを見ると、朝もやと透明な空気がきれいに分かれている。

夜中の静寂を思い出しながら、コーヒーを温めた。今は様々な音が聞こえる。目覚めの音。繰り返される胎動。今日という一日が始まる。

生まれたばかりの太陽は徐々に力強さを増してゆく。朝もやの境界線は次第に曖昧になり、ソラにとけてゆく。

 

今日を始めるために、イグニッションキーを回した。

 

2006/02/19

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